わが国の家の原点は“蓑傘”の傘の家
いま「衣」・「食」・「住」のすべてが新たな創造へと向いているのです。地球の環境問題だけでなく、誰にとっても自然の恵みは大きな悦びで、創造の源です。やっといま本来の日本の暮らしに回帰しようとしているのです。そして住まいは、やっぱり「夏を旨とすべし」を心得るのです。
今回の大震災と原発事故から電気不足が考えられ、いまや住まいは改めて自然との共存を迫られ、風通しを求められ、まさしく「夏を旨とすべし」となっているのです!
日当たりが欲しい!今流に言えば“日照権”が主張されるのですが・・・実は古来わが国の家はその“日照”なるものを向かい入れる構造ではなかったのです。ほとんどの民家が床をあげ、深く低い庇(ひさし)で、そのうえに縁側なる広縁があり、その奥に部屋があるのです。
明らかに深い軒や庇は日陰をつくり、雨を避け、湿気を嫌って、床を高く上げ風を通し、冷えた空気を室内に取り入れようとする“傘の家”の構造だったのです。

■写真:京の町家の風も通る“通り庭"(写真天野彰)
それがやがて街に住むようになり、都市化され、密集化し、幾度かの大火に見舞われると、隣家との間は燃えない防火の土壁で囲い、“傘”を家の中央の中庭に向け、そこに小さな自然と日陰をつくったのです。それこそが今も続く町家です。この1000年、私たちの湿気対策の“傘の家”の文化は一体何が変わったと言うのでしょう?戦後のわずか66年の間に変わったことなど、気候風土を原点とする「徒然草」の本質に比べ、本来あるべき姿だったかどうかをこの梅雨の季節が教えてくれるのです。
次回は「傘の家」VS「壁の家」です。