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住宅関連記事・ノウハウ

建築家 天野 彰 地震に勝つ家負ける家

1 ハードとソフト

改めまして地震に勝つ家を考えてみたいと思います。

今から20年前の阪神淡路大地震では、直下型の激しい揺れで建物の倒壊により圧死され、瓦礫や家具に挟まれて逃げ遅れて火災に巻き込まれた多くの老人たちが犠牲になりました。その後の東日本大震災では海洋型の広域な揺れと、大津波によって2万もの人が犠牲となり、その多くが傷ましくも溺れて命が亡くされと思われるのです。中でも家族の安否や救出に行って、避難が間にあわずに津波に巻込まれた人も多いと言うのです。しかしこの2つの地震は今後の地震対策により多くの問題点とヒントも示唆してもいるのです。普段からの耐震強化はもとより、収納家具は床から天井までの造り付けにしたり、食器などが飛び出さないように扉を引き戸にするなどやストッパー付きにし、冷蔵庫などの家電も下のクッションや手前を少し高くするなど、いざと言うときの避難経路を確保するなどの家族のシュミレーションが重要です。これによってハードとソフトの両面からの防災の意識が高揚します。何よりも家族がいざと言うときの共通の取り決めを持つこと、すなわち絆を深めることともなるのです。

726-1.jpg 天井までの造り付けで扉はホワイトボード 私の事務所

実は私たちはもともとこうした大災害の体験を幾度となくしているのです。各地の津波の災害の傷跡はもとより。あの1923年(大正12)9月1日の午前11時58分、マグニチュード7.9の関東大震災は、家屋の全半壊25万、焼失44万戸以上、津波による流失868戸、そして死傷者20万人以上行方不明者4万人以上。特に被害を大きくした類焼火災で、その後の防火強化では目覚ましくだいぶ安全となったのです。そしてこの大災害を忘れないようにと、1960年(昭和35)に全国防災の日が9月1日に制定されたのです。しかし国民の防災の意識は低く、毎年その関心が薄れて行き、その後も新潟、宮城沖地震、中越地震、福岡、そして阪神・淡路地震と続いても、相変わらず対岸の火事で、防災の心構えは低いように思えて仕方ありません。そしてこの東日本大地震でした。耐震耐火さらに避難ルートの重要性を思い知らされたのです。

耐震耐火さらに避難ルートの重要性を思い知らされた

こうして地震に勝つことは生き残るソフトとも言えるのです。その一例として、夜間の地震にパニックにならないために懐中電灯はペンライトのような小さなものをたくさん家じゅうにばら蒔くように、電池を外して粘着テープで留めて置くなどです。高齢者や寝たきりや認知症などの患者の居場所で、車で避難するための優先ルールづくり、さらに高台避難と子どもたちの避難ルートと安否情報のシステムなど、つまりは普段からの“声掛け”の充実です。

2 自分で耐震診断

耐震補強どこが肝心?

最近、東海から南西までの広範囲の大地震さらには首都圏直下地震の予測が報じられて以来

  • 「私の家は震度7でも大丈夫でしょうか?」
  • 「壁に筋交い(すじかい)は大丈夫でしょうか?」

729-1.jpg 駐車場の角の柱一本のため倒壊した家

耐震は自己診断で補強箇所が分かります。一本の角柱も基礎を外側から鉄筋入りの二重の基礎を造り、いわゆるお神楽普請と言われる2階への増築は危険ですが、これも外壁を一部はがし、そこに1階から通しの柱を2本添えボルトを四方から固め、3本の矢の強さの例えの通り粘り強くなるのです。冒頭でお話したとおりちょっとの工夫と補強で地震に強い家となるのです。

イラスト:駐車場の柱を3本の通し柱で補強

3 敷地を見る

地盤によって揺れ方が違う

この国に住む以上地震はもとより台風そして津波は防ぎようがありません。近年は火山の噴火や爆発までが災害の脅威となっているのです。長年家づくりに関わって来て、特に耐震耐火など防災に心がけて来たものの、便利で人が集まりやすい都市の平野部の活断層やあの巨大津波には愕き途方に暮れたものです。どんなに快適で住みやすい家も大地震であえなく倒れ隣家から延焼してしまっては家はおろか命を失うことにもなりかねません。また今回の東日本大震災のように大津波や液状化も心配です。

地盤によって揺れ方が違う(画:筆者)

なによりもかつての宮城地震にしても、20年前の阪神・淡路地震にしてもあの恐怖の揺れの体験と、長く続く余震による避難生活の不安や不自由さ、そしてその建て替えや修復予算の多額の出費を迫られ、ついにはその街と家を捨てた人も多いのです。そんな惨状をテレビの実況で目の当たりにしながらも相変わらずあれは対岸の火事かあるいはもしあのような地震が来たら、あきらめるしかないなどと開き直っている人も多いのです。とんでもありません。防災はそこに住む人の心がけ次第で、ちょっとした工夫とわずかな費用で今の住まいは耐震補強でき家族の命を守ることができるのです。今その都市直下型の阪神大地震から20年が経ち、後の東日本大震災から4年が経ちました。主な被災は巨大津波でした。

そこでわが家が建っている街やその位置、そしてその地盤がどの部分に相当するかを知ることが大切なのです。その方法は、各市町村にあるハザードマップ、海抜を示した地形図を入手し、新興宅地であれば申請に使った造成図を見せてもらうか、担当した施工者に問い合わせることが手っ取り早いのです。造成が古い宅地の場合ではその団地や敷地周辺を散歩しながら、やや離れた対面の高台などから眺めて見ますと、もとの山(地山)や原野の成りがおぼろげながら見えてわが家が削られたところか土盛りされたところかなどが分かります。そして周辺の道路のひび割れを見て敷地のその方向と広がりによって道路や隣地に対しわが敷地が地山か盛り土か埋め土かが想定できるのです。古くから住んでいる人の話などを聞いて地盤の形成の歴史を探ることができます。その結果埋め土や盛土で沈下がひどい場合は家の周りに杭を打ち、その上に家の外周に現基礎の補強の布基礎をめぐらし支えるという大胆な方法や、さらに地盤そのものが地震に対して不安な場合は、まずよう壁を見て、ひび割れていればやり直し、地盤にモルタルや石灰などを注入し固め、地盤改良する方法もあります。

地盤そのものが隣地や道路から下がっていて水はけもできないなど家が腐りやすく危険です。湿気やカビで健康にも良くありません。簡単な応急処置もありますが(イラスト)、これを根本から今のまま改良することは不可能です。思い切って今の家を壊して新たな土を加えて顛圧(てんあつ)し地盤を造成しなおした上で建て替えるか、敷地に余裕があれば曳家やジャッキアップによって、新たな高基礎を造り元に戻すのです。

低い敷地の応急対策

ジャッキアップと曳家で新たな高基礎をつくる(筆者撮影)

4 災害は想像と創造から

津波をやり過ごす創造的街づくり

今の家を耐震補強することは、バランスの良い壁の配置と補強にてまさしく壁自体のパワーがあるのです。柱と梁をベニヤ板で釘か接着剤で貼り付けるというものです。あのツゥーバイフォーの利点を活かし、なおかつ在来の柱梁による軸組で耐久性も高く効果抜群なのです。

リフォームの際、今の内外の壁をはがす時にベニヤ板やボードをこの柱と柱、土台と梁(はり)の間にたった一枚!の厚さでも多くの釘で打ち付けるだけで、なんと筋交いの倍ほども強くなるのです。まさしく紙一重の障子やふすまが軽くて、ピシッと狂いもせず、しかも強いことと同じ原理なのです。足回りが心配なら従来の無筋であった基礎の外側にぐるりと鉄筋入りの二重の基礎を造って家を取り囲み、その外郭をがっちり固めます。(下記イラスト)

無筋の基礎の周りにもう一重の鉄筋の基礎をつくる(画:筆者)

このベニヤ板一枚の耐震補強は家一軒で二十枚ほど、わずか4,50万円の費用で大地震に生き残れるはずなのですが、なぜか現実のリフォーム現場ではシステムキッチンやインテリアなど優先されてしまうのです。せっかく快適リフォームをしても命取りになってしまわないように、リフォームチャンスの時にできる限りの耐震補強に費用をかけていただきたいものです。

写真1:津波に半壊したが生き残った木造の家 仙台沿岸部(撮影筆者)

あの巨大津波の大災害にもめげず、悲観的に考えないで、長い人生、家づくりはいかなる災害にもめげない安全で快適で、しかも積極的に“活きる”ための家づくりを想像し創造するのです。今、東日本の沿岸に巨大な防潮堤が建設されています。もともと沿岸に住む人たちは古来海と共に生き、津波などの被害を想定して高台への避難などを考えてきました。今その基本思想が失われた街づくりが問題で、私ども建築家たちは災害直後、そうした巨大津波にも耐えうる、いざとなったら車両や漁船や器材とともに逃げ込める円型のコロニーづくり中国永定にある客家〈はっか〉の土楼〈とうろう〉風集合住宅群と、10メートルほどの津波ならやり過ごせる堅固な橋梁の上の街づくりを提案し、それをその年の5月にはNHKにて紹介もしているのです。

左 中国永定客家の土楼風円型の集合住宅群右:沿岸部の船形橋脚の上のコロニー案

左 中国永定客家の土楼風円型の集合住宅群(画:筆者)
右:沿岸部の船形橋脚の上のコロニー案(画:筆者)

中国永定客家の土楼の集合住宅(撮影筆者)

中国永定の客家の土楼のように逃げ込む波をやり過ごすスカイシップの街高所避難所でもある(2011年「建築再生展」での東日本復興のアイデアコンテスト提案例。同年5月NHK放送)景観や環境を損ね、漁業にも支障を与えかねない、受けて立つ巨大な堤防をつくることよりも、円型の擁壁や舟形のピアは波の打ち返しをやり過ごすだけで、抵抗も少なくはるかに低予算で、しかも人々は今まで通りその沿岸のその場所に住めて街が活性化すると判断したからです。

5 災害は自己防衛

巨大な岩盤が隆起してできたエベレストを主峰とするピレネー山系のふもとでM7.8級の大地震が起こるとは…。

世界の屋根とも言われなんとなく安定した静寂な最高峰の山脈と思われるのですが、実は81年前にも甚大な被害を出した地震多発地帯だと言うのです。もとはと言えばインド亜大陸がユーラシアプレートにぶつかって沈み込んで出来た歪の山脈と考えれば、今もなお動き続けていて、いつM8クラスの大地震が起こっても不思議ではないと言うのです。今も被災者が増え続けているようですが、一人でも多くの人が救われることを祈るばかりです。確かに巨大な山も大陸も地球規模から見ればまるで薄皮の皮膚のようなもので、山脈も多少大きめの歪やイボなどのデキモノのようなものと言えるのかも知れません。

こんな柔らかい軟弱な地盤の地球表面に住む私たちは、まして超高層や住宅がひしめく都心に住む以上はどこに居てもそれなりの警戒心は必要なのです。しかも災害は地震だけではなく、先の津波や台風などの突風、さらには大火災など、もう家を持つこと自体が不安とも言えるのです。耐震や免振、大火災などのあらゆる災害を想定して家をつくることは至難の業ではありませんが、私は外郭と内皮によるセルフディフェンスハウスと称し、地震や台風や津波にも耐えうる家を長年にわたって提案して来ているのです。それは、外側は厚いコンクリートの壁で固めその内側に中庭式の木造の家を建てるのです。ちょっと贅沢のようですが、シンプルな箱のような外郭のコンクリートの外壁は仕上げてもその内側は打ちっ放し(やりっ放し)のままで済み、内側の木造表面は仕上げなしの裸で内装だけにすればよいのでトータル費用は強靭の割に意外に割安となるのです。

強靭なコンクリートの箱の家、中は快適木造の家(画:筆者)

実は我が家をそんなコンセプトで造ってみたのです。が、さすがに外壁に風抜きの窓はつくったのですが、それでも近所の子どもたちからはプリズンなどと呼ばれてしまったのです。

プリズンと愛称されたわが家

今、もう一つの外皮のない家を画策しているのです。それはイラストのように夜間や災害時は地面に沈みやり過ごし日中は顔を出して回転し、まんべんなく陽を取り込み、風を通すのです。

天野彰浮き沈み 回転ハウス。(画:筆者)

顔を出し回転する浮き沈みハウス模型(筆者撮影)

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建築家 天野 彰建築家 天野 彰

建築家 
天野 彰

岡崎市生まれ。日本大学理工学部卒。
「日本住改善委員会」を組織し「住まいと建築の健康と安全を考える会 (住・建・康の会)」など主宰。住宅や医院・老人施設などの設計監理を全国で精力的に行っている。TV・新聞・雑誌などで広く発言を行い、元通産省「産業構造審議会」や厚生労働省「大規模災害救助研究会」などの専門委員も歴任。著書には、新刊『建築家が考える「良い家相」の住まい』(講談社)、『六十歳から家を建てる』(新潮選書)『新しい二世帯「同居」住宅のつくり方』(講談社+α新書)新装版『リフォームは、まず300万円以下で』(講談社)『転ばぬ先の家づくり』(祥伝社)など多数。

 一級建築士事務所アトリエ4A代表。

 一級建築士天野 彰 公式ホームページ
 一級建築士事務所アトリエ4A ホームページ

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