住宅関連記事・ノウハウ
2026年7月1日(水)
「狭楽しさ」さらに時間をも多重利用
はじめに
今でこそ当たり前となった、間取りをブチ壊し構造むき出しの骨にして自分の好き勝手な間取りにするスケルトン・リフォームですが、その際に壁の厚みも最大限利用、天井までの本棚や物入れにしてしまうなど空間の高密度立体利用です。
それほどに都市の床面積は高額で、もはや何m2ではなく何立方メートルの“体積”として捉えなければなりません。
しかし最近の高層の億ションなどは間仕切りがパネル仕様で簡単には壊せなく、ましてその中身など使えませんし、賃貸の住まいの間仕切りなどは勝手に壊せません。
都市での住まい方 筆者の場合
恥ずかしながら筆者の独身時代からの狭い“都市での”住まい作戦の変遷を少しお話ししましょう。
田舎の広い家で大の字で育った筆者は東京に出て来て初めて四畳半ほどの下宿を借りたのです。驚いたことにはその畳の小ささでした。
その四畳半とは名前ばかりで実際には三畳ほどの部屋の片隅に机と製図版を一枚置くとすでに居る場所も無なくなり、幸い有った広めの一間ほどの押し入れの上段を“ベッド”にし、下の半分へは奥行きの深い押し入れ用のタンスを押し込み、その引き出しの前後に夏冬の衣類を交互に入れ、引き出しを抜き差しして使い、食事や来客の際は卓袱台一つですべてを賄ったのです。
「立体、可変、さらに人生の住まい方三原則」でした。その後のこうした狭苦しい住まいでの実践が、今日の筆者の“設計思想”を形成したのかも知れません。
狭い空間を立体的に密度濃く、さらに時間差を
実はこの都市での高額な住まいをコンパクトに過ごすことから「狭楽しく住む法」なるテーゼを編み出し、世に広めることともなったのです。
おりしもマンションはますます高騰し、質の悪い賃貸住宅の批判もあり、この考えが都市に住むソフトウエアとなり、リフォームブーム到来の兆しともなったようです。
その後も筆者は相変わらずの三畳と四畳半のワンルームの木賃アパートで快適?に過ごし。時間差で住まいと設計事務所をやりくりをし、結婚して第一子の誕生を迎えるのです。
こうして可変住空間や狭くとも広々と生活を堪能する設計手法は、さらなる都市での狭小空間ごとのニーズに合い、病院や療養施設・生産施設まで、コンパクトな設計手法を広げて行く足掛かりとなり、「空間・時間そして時間」のような、生き様だったのです。

右:リビングが和室にどんでん返し(図:天野 彰)
ヨーロッパは意外に狭く、住まいも狭かった!
学生時代、住宅設計や製図のアルバイトで得たわずかな資金とバックパック一つで安価なソ連経由で欧州への無銭旅行に出かけたものです。
荷造りをいかにコンパクトに収納するかの習練で、寝袋を含め “家”を背負って行くようなものでした。
この無謀な無銭旅行でヨーロッパの国境がすぐに差し掛かる国々が意外に狭く、しかも城郭に囲まれた彼らの家も意外に狭いことに驚かされたのです。しかし狭いLDKのワンルームの暮らしと、天井が高く広く見えたのかもしれません。
この旅行で各地の街や建物のレポートをスケッチし、はがきにびっしり描いて主任教授に送っていたのです。
おかげで半年近くにわたる教科の空白を埋めることもでき今ではとても信じられないことですが、留年をすることなく卒業できました。時代と心の広い教授のおかげと感謝しているのです。
この旅行と教室とを同時にこなした時間の多重利用だったのかも知れません。まさに今日の“タイパ”ではがきのリモート授業のようでした。

はがきにレポートし教授に毎回送付
人生は舞台の上の限られた狭さ
その後も立体・多重はわが生涯の住まい方の変遷となりました。
壁から出てくる来客用ベッド、更には収納壁が回転し、スライドし、更には壁から和室が出て来て茶室へと変身する、空間の“どんでん返し”など無限に広さを感じることができます。
筆者は姉のバレエ教室の発表会の舞台装置を手伝っていたことから舞台装置家になりたかったのかも知れません。
そして今、子どもたちがあっという間に育って出て行って、老いたわが身の暮らしの断捨離や、遠くの墓を近所に移すかと思うと、やはり老人ホームに住むか?などなど、シェークスピアではありませんが「この世はすべて舞台」なのです。
次回は「狭楽しさ」虚像と錯視のだましの演出です。
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