住宅関連記事・ノウハウ
2026年3月1日(日)
家のデザインはどうあるべきか?
日本的なデザイン
と言われる家のカタチとは?
住まいのデザインとはいったいなにか?そもそもデザインとは何か?建築も家もインテリアもそしてオリンピックエンブレムで賑わしたロゴやマーク、あちこちに溢れる形や色柄?

昨今は拡散するインターネットに寄って即配信され、今の世の中において熟練のデザイナーも素人も、一発受ければ、文化も歴史もかかわらず世の中の主流となり、何が正統で亜流かも分からないまま感性で受けたものの勝ちとなる。そしてその勝ちこそが時代の主流となる?確かに絵画や彫刻など個人の創作や作品は自由で、好むと好まざるともそれなりに評価されるのです。しかしこれがこと建築や住まいのデザイン国際的なイベント関連もとなると街や都市全体にそのカタチをさらけ出し、大きな影響を与えかねず、さらには国際的にその国民性やセンスを評価されることとなるのです。こうした問題はオリンピック関連のみならず昨今のデザインの反乱に対する国民の戸惑いであり、憂いであり、また誰からも庇われなかったことも評価とも言えるのです。
日本のデザイン
とは
今こうして改めてわが国の文化そして歴史を見据え現代のカタチを醸成できるかどうかがこれからのわが国のデザインとも言えるのです。しかもわが国古来の仏閣や城郭などの高度な建築技術はもとより、住居として書院造から京の町家、私がよく取り上げる江戸の裏長屋
から醸成されるわが国の住まいのデザインが国民的に素直に受け入れられるのかも知れない。実際にこうした江戸の文化がいま興味深く受け入れられてくまさん・八っつぁんの都市のライフスタイルが時代なのかも知れないのです。はたしてそのデザインの本質とは?

くまさんはっつあんの江戸の裏長屋
デザイナーズハウス
などと言われる時代下駄の家とは?
時代はインターネットの急激な進化と情報の氾濫で、その利点と欠点?が問われているのです。かく言う私も、そのインターネットの一ページでこうして意見を発信しているのですが。確かに実際にインターネット記載で感じることはその意見を言いやすいことと、同時にどこまで正しい情報なのかを自ら精査することが必要となります。新聞や書籍など活字として発行されるものについては印刷までに何人かの校正校了作業が行われるのですが、ネットでは入稿即配信と言うスピーディーな反面、誤字脱字さらに情報引用の是非までが不確かなまま配信、と言うことが頻繁に起こるのです。
活字の重み
実際に住まいづくりや住まい方の本を何冊も書いて来て、多くの編集者の校正や校閲を経て初めてその間違いに気づき、専門家として気恥ずかしいことながらも、新たな情報を発見することも多かったのです。改めて活字で著される本や新聞などの重みを実感したものです。
こうして考えてみれば鴨長明の方丈記や吉田兼好法師の徒然草など、何世紀にもわたり、時代も文化も変わろうとも、今も新鮮で多くの人に読み続けられることに、空恐ろしくも驚くばかりです。なるほどいかに近代化され文明が進もうとも、こと住まうこと、そのための家づくりについては今も昔も変わることなく、宮殿や神殿はともかく、特にわが国の庶民の求める家の本質は洞穴の家から屋根のある竪穴住居に変わり常に九尺四方の方丈庵傘の家
であり、都市に住んでは九尺二間の江戸の裏長屋で、井戸端コミュニティの暮らしだったとも言えるのです。

狭楽しく住む(新声社)1983年

箱の家から
傘の家(画:天野彰)
今改めて私の半世紀におよぶ家づくりを通じて常に感じ、構築した、住まいの文化とは、広さより狭さの苦を楽に、楽しさを求める、そう、狭楽しく住む
こと、が私たちの島国の生き方だと思い、著した初めての拙著だったのです。時は高度成長期のわが国の住まいをあざけ悪いウサギ小屋
などと称した覇権島国イギリスの真似ではなく、今、世界が省資源、省エネルギーの時代となり、かたや超高齢化社会ともなった今、わが国独自の住まい文化を構築すると、やはりひっそり九尺四方の方丈庵となるのかも知れないと思ったからです。
なるほど、こうしてみると、今風にデコレイトされ、インテリアでこってり盛られたデザイナーズハウスとかと言われても、実際に家を求める人の本音、いや、本質はやはりこの九尺二間の裏長屋に住む気楽なくまさん
なのかも知れないのです。しかもいかに時代が変わろうともわが国の家のデザインとは、対湿気
の傘の家
であり、取りも直さず裸足
の家で、欧米のレンガ積みやベニヤ板張りの靴
の家ではなく下駄
であり草履
の家であることを忘れることはできないと思うのです。

家は「寝戸」とともに宀に象徴の豕を供える場家は国家
国家
もともといえ
の語源には諸説があり、そのなかでも、人が戸を閉めて安心して寝られるところ、の寝戸
すなわちイへ
それが転じてイエ
と言われている。私はそれが安心の家
の呼称としてすなおに納得しているのだが。しかしその一方で、住む人や家族の都合や快適性だけを求めて来た私たちは、今本来の家
の持つ意味を忘れかけていることにも危惧するのです。家の文字の起源とは、古来、神仏や先祖を祀る屋根、すなわち宀
のことで、その下に供えものの生け贄である豚すなわち豕
などを供えていたこととされる。家
はそこに住む家族、あるいは一族の先祖を祀るきわめて神聖な場所でもあったのです。前にお話した裸足の家
の意味はこうした家の清潔感にも係わるのです。そしてこの家
はわが家の象徴となって本家、分家、そしてさらにお家
の存在が形成され、それが今日でもプライドとして各自にあるのです。家族が持つそのお家
の価値観とその象徴性を家族が心に抱きながらわが家
を求めているのです。
それは俗に言われる財産としての家ではなく、所有権やましてやマンションなどの不可解な「区分所有権」などのレベルではないのです。家を持つこと、もっと大げさに言えば城を持つ!
そんな気持ちでいることです。

建築関係者の責任
それこそがわが国の家の姿であり、持ち家志向がいまだに根強い原因なのです。その点、行政や家づくりにかかわる設計者や施工者はもっとその格式やしつらえを今に残す家のカタチとしてデザインすることが重要でもあるのです。家を持つ人たちもそのことを最優先に考え、とりあえずの賃貸住宅あるいは仕方ないがマンションと考えず。デベロッパ-などの住宅供給者の都合に引きずられることなくわが家はどうあるべきか?わが家を持つことの意味とはなにか?を自ら考えて方針を決めることです。
そんなさ中、国家
のプライドを損するような国立競技場やエンブレム、さらにマイナンバーの巨大システムに絡む官僚汚職などの国家の管理責任となるぶざまな事件があい続いて起こり、今度は多くの国民の命に係わる新たな耐震偽装事件が起こったのです。あの世界を震撼させ、多大な支援を受けた阪神と東日本大震災以来の耐震強化が叫ばれている中、大手住宅供給者や建材会社が、その根幹となる基礎杭や耐震ゴムの強度を偽装するなど、今や技術大国の心
などの継承はおろか、その大手企業のコンプライアンスさえも管理できない国家となっているのです。
次世代に繋ぐ家づくり
今、わが国の家は国籍不明のデザインやカタチの家に溢れながらも、座敷や床の間風の小上がりや、イラストのようなたった一枚の板の床の間ででも、守るべき家の伝統と格式を家の内外に保ち、先祖より受け継がれているプライドのある家をつくり、しつらえを守り、確たる文化を次世代に継承していく心が、安全な家をつくり・格式ある家を持つことではないでしょうか?



家づくりには建築基準法のほかに住みやすさの家相
がある
家づくりは、生きる人の意識変革、そして価値観の創造と言えるのです。私が常に案じ、そして願って来たことこそ、最大効率を求めるデジタル高効率IT時代に入っているそんななか、アナログの優しい時間をどう生み出してそして生きて行くかです。わが国古来の風通しの良い傘の家と、ひっそりと謙虚な九尺四方の方丈庵の哲学とはその本質とは今こそ時代が求める家のカタチかも知れないのです。
住まいのガイドブックとしての家相
今改めて私の半世紀におよぶ、広さより狭さの苦を楽に、楽しさを求める狭楽しく住むことこそが、私たち島国の生き方だと思い、私が願って来たことこそがわが国の家で、かつて明治時代より学んだ英国などの覇権島国の家ではなく、狭い国土の中で最大効率を求める家や都市なのです。わが国の深い哲学による伝統的な家を守りながら近代生活を生きて行くか。家づくりに課せられた建築基準法や条例をまもりながら、しかも一戸建てに限らず集合化した家、集合住宅の思想と住まい方とは?区分所有などと言う売買のための都合主義の法や論理ではなく、もっと家の持つ不思議やわが国特有の自然との共存をどう図るかが重要です。すると意外にも家相
などと言う不合理とも言える法やルールにほとんどの人が頼っていることに気づくのです。いったいそれはなぜなのでしょう?確かにそうした家を見てみると、人それぞれに人相があるように家にも相があります。しかし私が言う家相とは風水や易(えき)による家相ではなく、古来わが国で言い伝えられて来た住まいづくりのガイドブックのような、間取りや住まい方のお手本、さらに居住の科学をもとにした最大公約数としての幸運の家づくり法のようなものと言えるのです。
家相の検証
そこで現代の合理的なプランをもとに鬼門
だけを避けて家相家に見てもらったのです。それも一人の家相家の診断だけではなく、同じ図を全国の有名家相家方の指南を受けてみたのです。するとどうでしょう同じプランでもすべてOKと言ったり、厳しくあちこちを直させられたりもし、さまざまながら、どなたも理路整然としていてそれぞれの思想と流儀があることが分かったのです。これらの多くの家相家の診断をもとにすべての吉凶の方位を重ね、その障り
の濃さを度合いとした家相盤をつくってみたのです。こうして真っ黒になるところは最凶で、グレーも凶、薄いグレーは小吉で、真っ白は吉と言うことです。実際にその通りの間取りにした家は全体が明るく、風の通りも良く、住みやすく、その後の家族の様子を見ても幸せそうでした。こうして家相術を徹底研究しその共通点を列挙しますと


家づくりは前世・現世・後世を考える重さがある?
家相の起源と現代
家相はもともと家の向きや部屋や設備などの方位や、土地の持つ地勢(土地の地形や相)からそこに配される伽藍や棟などの配置を決めるために、陰陽五行や八卦などを占いその方位が定まり、それに従って部屋や設備の配置が決められて間取りや配置計画を決める為のものでした。その意味から家の間取りや形は住む人の動線や好み以上に、家そのものや住む人の運気の吉凶を占うものとなり、現代では家づくりの方位学や風水となり、時にはそこに住む家族の住み心地や家族の生活の動線や使い前、家そのものの構造やデザイン、さらにやっかいなことに、その経済性などは得てして二の次となることもあるのです。
家相と現代の住宅
そんなことから若い建て主からはナンセンスだ、そんな余裕はない、などと敬遠されることも多いのです。事実、家相そのものは大きくは都市の形成を始め、社寺の伽藍や築城の際の配置計画に応用されたもので、のちに豪族などの屋敷の敷地や庭の構成さらに納屋や蔵を含めた建物の配置、主(あるじ)の寝場所までをきめた間取りづくりとなり、贅沢な設計手法とも言えるのです。その意味からも家相家によっては現代の小さな家や2階建ての家、ざらにはマンションなどは家相は適用できないとも言うのです。
家相が示すもの
こうして方位学に従ってその方位を運用し、正式には家人の誕生の星回り(本命星)を占い、周囲の環境を考慮し、敷地全体から家の配置や間取りを決め、しかも平屋が基本で、例え2階はあっても屋根裏的な発想となるのです。基本は住む家族の無事と繁栄を一義に考えるものであって、家督繁栄、もちろん主(あるじ)の運気優先でもあるのです。しかし同時に家相や方位学は住まいのもつ神秘性や精神面を重視し、道理があり、今後の高齢生活には合理性以上に自然との摂理、遠い過去と現代を結びさらには未来永劫にまで文化を遺すのも家の役目となるのです。
その意味で、私は設計に家相の真意を取り入れ、現代生活、さらにはITを含めた近代技術を見直し、その上でのプランニングをするのです。従って住宅展示場で見慣れた外観やインテリアの家とはちょっと違う家のカタチとなるのです。まずそこに住む家族の誕生や生業の縁こそ家づくりのスタートとなり、その家族の特に夫婦の縁起と、それぞれの持つ人となり、を見てプランニングすると言うものです。家相を見ること(意識すること)は、今の家族や世相を見つめ、先祖の前世の重さを知り、わが後世にまでおよぶ神秘的な家の重さを意識することでもあるのです。不思議なことに現代都市の狭小の住宅にも、マンションあるいは賃貸のアパートにも家相の力は効いて、風通しの良い家となるのです。



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